町外れの屋敷が今回のターゲットだった。
女主人の誕生日パーティが今夜、行われている。
趣味の良い上品な屋敷にひっそり隠されているのは、これまた趣味の良いジョルジョーネの小品。
それが獲物だ。
派手なものではないが、ぜひルパンがコレクションに加えたいという。

今回の仕事は楽なものだ。
ルパンと次元と五右衛門の3人は招待客にまぎれて侵入してみたが、さして特徴的な警備があるわけでない。
ルパンと五右衛門はそのまま侵入して獲物を奪いに行っている。
次元の今回の役目は外からの見張りと、何かあった時の援護だ。
人気のない庭の茂みから銃をかまえて、ルパンたちの連絡を待つ。
屋敷で騒ぎはおきていない。おそらく順調なのだろう。
 多分このM16機関銃の出番はないにちがいない。

たばこをくわえて火をつけようとしたその瞬間。

「たばこは控えてもらえるかしら。のどに悪いから。」

ぎょっとして振り返る。
女がいた。
さらにぎょっとした。

思わず銃を落としそうになるほど、美しい女だったからだ。
 月の明かりで照らされたブラウンの長い髪に、象牙の色の肌。
 魅力的な曲線を描く体を、黒のシンプルなドレスが包んでいた。
 瞬きをすれば音がしそうな長いまつげに縁取られた瞳がじっと次元を見つめている。
 まだ若い女だ。

「何をしているの?」

 静かな声で女は続けた。

「……お前ぇこそこんなところで何をしている?今日は女主人のパーティだぜ。俺はここで警備をしているんだ。うろうろしてると危ないぜ」

 女はくっと笑う。初めて会うはずなのに、なぜだか見たことがあるような気がした。

「あなたが警備?そんなわけないわ。警備の人がなぜタキシードを着てるの?」

「パーティだからな。それくらいの趣向はこらすさ。」

 次元はいつもの帽子を置いてきたことを後悔した。
 タキシードに帽子はいけねえ、と言うルパンの言葉なぞ聞くんじゃなかった。
 この女とは目をあわせたくない。この女のまっすぐな目は苦手だ。

「残念ね。今日は私はここでステファニーへのサプライズプレゼントで歌を歌う事になっているの。警備の人たちには全員連絡済みのはずよ」

 彼女の言葉を聞いて次元は、あっと声をあげかけた。
 この女。
 どこかで見たと思ったら、声楽家のだ。
 独特の官能的な歌声にそのクールな美貌でここ数年世界的な人気を誇る歌い手だった。
 流れ者の彼ですら、意識せずとも彼女の写真や歌声に遭遇したことは少なからずだ。その彼女がなぜ、ここに?しかし今はそれどころではない。

「あなたは何者?何をしているの?」

彼女はまた問う。
どうしたものか、と次元が考えていると間の悪い事に内ポケットの無線からルパンの声が。

「次元!ジョルジョーネはいただいた。無事脱出したらまた無線を入れる。それまで外を頼むぜ」

 次元はつい舌打ちをする。
 は肩をすくめた。

「やっぱりステファニーの絵を狙ってたのね。人を呼ぶわ」

 はその場を離れようと歩き出す。

 「おい、待て!俺は銃を持ってんだぞ、不用意なことをするんじゃねえ!」

 あわてて銃をに向けた。彼女は目を丸くする。

「私を撃つの?」

「ああ、余計なことをしたらな。後で通報したらいい。だが、今は何もするな。俺が車を出すまで黙っていれば殺しはしない」

 は顔色も変えずに銃と次元を交互に見た。

「私はこう見えても、義理人情に厚いほうなの。大事な友人のステファニーの大事なものが盗まれるのを、黙って見過ごすわけにいかないわ。あなたの仲間に、盗んだものを置いて帰るように言ってくれない?そうすれば私も人を呼んだりしないわ」

 次元はイライラして思わずくわえていたタバコを地面に投げる。

「お前、自分がどういう立場かわかってんのか!」

「あなたは多分私を殺さないわ。殺すなら、最初に私が声をかけたときに撃っていたはずだもの。」

 次元はまた舌打ちをする。ルパンの上機嫌の無線が入った。

「次元、俺たちはもうアジトに向かってる。お前ぇももうずらかってくんな」

 その内容を聞いてはその場から走り出した。

「誰か……!」

 次元は銃を肩にかけての口を手でふさぎ、後ろから押さえ込んだ。

「くそ!めんどくせえ!!」

 そのまま抱えて走り、停めてあった脱出用の車に放り込んで発車させた。

「ちょっと、何するの!!」

 女の抗議も聞かず、アクセルを全開にする。

「何をするもへったくれもあるかよ。極悪非道の泥棒にここまでからんだんだ、覚悟くらいしとけ!」

「ステファニーの絵を返して!」

 は応える風もなく大声で言う。

「うるせえ!」

 まったく女って奴はしつこい上に、物への執着が強いときたもんだ。

延々抗議を続けるを乗せたまま30分ほど走ったろうか、アジトのある町の方に近づいた。一旦車をとめる。

「お前ぇはここらで降りろ。もう用はねえ。警察に通報するなりなんなりすればいい。相棒はもうとっくに逃げてるがな」

 次元はにやりと笑った。は表情も変えず、そして車から降りるそぶりもない。

「冗談じゃないわ。大事なことはあなた方を警察に捕まえさせることじゃないのよ。ステファニーから盗んだものを返してもらうまではついていくわ」

「俺を甘く見るのもいいかげんにしろ!お前なんかを連れて行くわけねえだろうが!」

助手席のドアを開けて、彼女を蹴り出そうかと思ったその時。
 パトカーのサイレンが響いてきた。はっと車についている無線を警察無線に合わせる。
 そこで流れてきたのは、なんと声楽家のを誘拐した黄色のオープンカーを追跡せよという内容だった。

「なんだってえ!」

 驚いている間もなく数台のパトカーが視界に入った。
 を蹴り出すこともかなわず、とりあえず次元は車を走らせた。

「お前ぇはとことん疫病神だな」

「何言ってるのよ。あなたが泥棒をするから悪いんでしょう」

「黙ってろ!イライラする!」

 この美しい女は一体どこまで自分を怒らせるつもりだ。



 パトカーをまいて路地に入り、とりあえず車を乗り捨てた。
 アジトにパトカーを連れてゆくわけにはいかない。
 古くごみごみした町中の路地を走る。もそれを追ってきた。

「お前ぇ、見かけによらず体力あるんだな」

次元は皮肉っぽく言う。警察と一緒にも撒こうと思うのだが、彼女はなかなか視界から消えない。

「当たり前じゃない。声楽家は心肺機能が命よ」

 軽やかに走ってついてくる。

「だから、ついてくんな!お前ぇが来ると、俺は誘拐犯になっちまうんだよ」

「そんなの知ったこっちゃないわ。」
 次元はを撒くこともかなわず、場末のホテルの一室にしのびこんだ。
 外をうかがう。
 捜査は存外広い範囲でなされているようで、そのホテルの下にもパトカーがうろうろしているようだった。
 次元はため息をついた。楽勝の仕事だと思っていたのに、なんでこんな事になってしまったんだろう。
 涼しい顔をしている美しい女を改めて見た。
 おかしな女だ。
 なんだって、今をときめく美人歌手がここまでする。
 
 ホテルの廊下がさわがしい。捜査が入ってきているのか。
 次元は部屋の窓から外を見た。ちょうど裏側だ。そちらにはパトカーは見えない。  次元は窓を開けて脚をかけた。

「じゃあな、ここまで頑張ってついて来たのは誉めてやるぜ」

にやっと笑って、2階の部屋の窓から向かいの木に飛び移った。
 やれやれ、女さえまけば後はゆっくりアジトに向かえば良い。
 静かに木から下に降りようとしていると、窓から飛んでくるが見えた。

「おい……!」

女は思った以上の跳躍力で飛んでくる。
 が、少し足りなかった。
 その腕を次元がつかんだ。枝と次元に支えられて、はぶら下がる形になる。

「バカヤロウ……無茶をするな!」

小声で言いながら、次元はを引き上げた。
 は少し驚いた顔で彼を見上げる。

「……ありがとう」

「助けたわけじゃねえ。落ちられると騒ぎになるからな」

次元は言って、を支えながら太い枝に移ろうとする。
 が、二人の体重がかかった枝はそれに耐え切れなくなって鈍い音を立てながら下に傾いていった。

「やべぇ……!」

ばきばきと音を立てながら、二人は落下してゆく。
 幸い枝の多い木で、地面に落ちた二人はほとんど怪我はなかった。
 を抱きしめたままの次元は彼女の下で若干顔を歪めていたが。

「……大丈夫?」

さすがには心配そうに尋ねる。

「……もう走る気力もねえよ。」

次元は大きくため息をついてつぶやいた。
 が、幸いパトカーの音は遠くに去ってゆく。

「……お前ぇは何だって、友達の持ち物のためにそんなに一生懸命なんだ?」

次元はあらためてに尋ねた。

「ステファニーは親のいなかった私をずっと愛してくれた、大切な人なのよ。そしてあの絵はステファニーの亡くなったご主人のプレゼントなの。わかるでしょう?大切な人の大切なものだから、放っとけないのは当たり前じゃない」

は微笑んだ。

「だからって、ここまでするか。変な奴だ」

次元は言った。もうここまで来たら腹も立たない。
 そうなると、ふと、自分にもたれかかっているやわらかなの身体と体温が意識された。

「あなたも変な人ね。私のことなんか力ずくで放り出すとか、殺すとか、いくらでも手はあったはずよ」

「いい女にはできるだけ荒っぽい事をしたくないんでね」

「変な人」

はくっくっと愛らしい声で笑う。
 写真やテレビで見た彼女はクールな美女だったがこうして見ると、やけに愛らしかった。次元もつられて笑ってしまう。
 次元の腕にの手が触れた。

「……怪我をしたのね?」

 次元の左腕から血が流れていた。タキシードの上着もぼろぼろだ。

「ああ・・・・枝でやられたのか。かすり傷だ」

ようやく気づいたように、の背中に廻していた手を離した。

「……ねえ、提案があるの」

「何だ?」

「あなた方も仕事なんでしょうから、せっかく盗んだ絵を簡単には手放せないのはわかったわ。だったら……私があなたの物になったら、あの絵をステファニーに返してくれる?」

 次元は目を丸くしてを見た。

「……お前ぇにジョルジョーネのあの絵と同等の価値があるとでも言うのか?」

「それは、あなたの価値観次第ね。あなたの今回の獲物として魅力的だと思う方を取れば良いわ」

はふふっと笑って言う。彼女の笑顔は不思議だった。女の笑顔に特徴的な「媚」とは無縁の、子供のような笑顔だ。次元はの髪に触れる。

「自信家なんだな」

 彼女の頬に手をすべらせ、そのふっくらした唇にくちづけた。

「……俺のために歌うか?」

長いくちづけの後、耳元に唇をすべらせながらささやく。

「それも、あなた次第ね……」

は小声で言い、次元は黙ったまま首筋に唇をはわせた。彼女の小鳥のような声がもれる。


翌日のニュースでは、が郊外の美しい屋敷の庭でジョルジョーネの絵を傍らに置き、アヴェ・マリアを歌う様が流れていた。



Comment
 以前に、牙さんのイラストを見て思い、某サイト様のイベントに投稿させていただいた短編です。
 「Diva」の習作、だったのか、「Diva」を書いた後でそれを元に短編を書いたのだったか、どっちか忘れてしまった。なつかしいです。